大判例

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最高裁判所第二小法廷 平成7年(オ)823号 判決

上告人

岡崎一麿

右訴訟代理人弁護士

坂元洋太郎

被上告人

正圓寺

右代表者代表役員

岡崎善麿

右訴訟代理人弁護士

中北龍太郎

主文

原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。

本件訴えを却下する。

訴訟の総費用は上告人の負担とする。

理由

本件訴えは、上告人が、被上告人においては住職の地位にある者を代表役員(責任役員を兼ねる)に充てることになっているところ、前住職の長男である上告人の同意を得ないでされた前住職の五男である岡崎善麿の住職任命は、長男の権利放棄が長男以外の者を住職に任命するための要件であるから無効であるなどと主張して、岡崎善麿が被上告人の代表役員及び責任役員の地位にないことの確認を請求するものである。原審は、本件訴えを適法なものと扱い、本件請求は理由がないと判断して、これを棄却した第一審判決を維持して上告人の控訴を棄却した。そこで、職権をもって上告人の原告適格について判断するに、記録によれば、被上告人においては、宗教上の地位である住職の地位にある者を代表役員(責任役員を兼ねる)に充てることになっているが、長男の権利放棄が長男以外の者を住職の地位に任命するための要件になっているとは認められず、これと同旨の原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができる。そして、本件においては、その他に上告人が被上告人の代表役員等の地位について何らかの法律上の利害関係を有する地位にあることを肯認するに足りる事情は認められないから、前住職岡崎芳麿の長男であるにすぎない上告人は、本件訴えについて原告適格を有しないというべきである(最高裁平成三年(オ)第一五〇三号同七年二月二一日第三小法廷判決・民集四九巻二号二三一頁参照)。そうすると、原判決には法令の解釈適用をあやまった違法があり、この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであって、原判決は破棄を免れず、前記説示に照らせば、第一審判決を取り消して、本件訴えを却下すべきである。

よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大西勝也 裁判官根岸重治 裁判官河合伸一 裁判官福田博)

上告代理人坂元洋太郎の上告理由

原判決には民事訴訟法第三九四条(判決に影響を及ぼすことの明らかな法令違背―経験則違背)・同法第三九五条一項六号の理由不備・理由そご、判断の脱漏がある。

一 被上告人寺院において、その後継住職任命申請につき、長男である上告人(前住職芳麿の長男)の「権利放棄書」(「住職継承放棄を証する書類」)がその要件ではないとの判示について

1 原判決は第一審の判示を引用の上要旨次のとおり付加する。

すなわち、任命権者である門主が上告人の権利放棄書は不要との前提で(これは宗派の明白な主張でもある)善麿を後継住職に任命しているので、「住職の長子の継承権の順位や住職申請に関する権利放棄の取扱いが明文化されていない以上、その判断を尊重すべきは当然であ」る。

2 しかし、原判決の判断は次のとおり経験則違背ないし理由不備などの事由がある。

(1) 宗派の第一審における主張(昭和六〇年一一月一一日付準備書面第三、二項)によれば、住職任命申請の形式は宗派の「願記様式」として定められているが、「権利放棄書」はゴム印で押捺していて、「願記様式」という宗派内規上の要件事項ではないとしている。しかし、その理由を明示しないが、甲第一〇号証ではゴム印ではなくきちんと印刷していて、ゴム印であることは要件でないと否定的に解する理由はなく、宗派内規上の要件といえる。

(2) 第一審判決は(原判決も引用するので同断)、明文の規定はないが、宗派では住職が世襲される地位で「住職の子であることも住職任命の資格要件であ」り、「長男が住職の後継者となることが不文律のように思われていることが認められる」としている。

(3) これからいえることは、宗派の宗制・宗法などの明文の規定に加えて、明文の規定がなくても宗派内規上の要件を定めた「願記様式」に記載されている内容及び慣習も住職任命上の要件となり、原判決はこれを「当然の前提」としている。

(4) したがって、宗派の一般寺院における門主による住職任命については、宗制・宗法などの諸規則及び慣習によって規律され、「本門寺事件」(最小一判昭和五五年四月一〇日―判例時報九七三号八五?八七頁)にいう「住職選任手続上の準則」(以下単に準則という)があるといえる(その詳細な主張は一九九〇年一二月二八日付上告人の準備書面を引用)。

3 右準則は、宗派の内規上の要件を定めた「願記様式」に記載されており(丙第三号証、甲第一・一〇・一五・五九号証、乙第二一号証)、丙第三号証と甲第一号証では、「権利放棄書」の記載はゴム印で、後は印刷されているが、明山証人も「願記様式」に記載されている添付書類は要件であると明言している(62.4.13二一項)。

これらに加えて、甲第六〇号証(今井陳述書)・甲第六一号証(今井の証言調書)によると(その内容は一九九四年二月一五日と五月二五日付上告人の準備書面で指摘しているので引用)、「権利放棄書」は要件と明言していること、甲第五九号証(願記取扱い要項)四頁・住職任命申請1(3)の項で「住職任命は従来の慣例により世襲制度を尊重して事務を取り扱っておるため、世襲制度上の就任者が変わる場合には『理由書』並びに『権利放棄書』を提出下さい」とあって、「世襲制度上の就任者」というのは「慣習に従い住職の長子を第一順位の住職予定者」としていて、「権利放棄書」は第一順位者の意思を明確に確認するために求められるものである。それゆえ「権利放棄書」が住職任命申請の要件であることは明白といえる。

4 原判決は、右2・3の内容及び甲第六〇・六一号証と明山証言との矛盾(その詳細な内容は一九九四年九月一四日付準備書面添付の比較文書を引用)について何らの説示もなく、「権利放棄書」は住職任命申請の要件でないとするのは、経験則違背及び理由不備があり、これらの矛盾を事実審として積極的に解明すべきであるのに、上告人の証拠申出を書証の提出以外すべて拒否していて、著しい審理不尽がある。

5 また、原判決は「住職の長子の継承権の順位や住職申請に関する権利放棄書の取扱いが明文化されていない……」と判示するが、前述するとおり住職任命申請の「願記様式」には宗派内規上の要件として権利放棄書の添付が要求されており、その限りでは権利放棄書の取扱いについて明文化されていて、明文化されていないがゆえに門主の判断を当然に是認すべきという結論は、その前提を欠く。

また、丙第四号証の本件住職任命申請に対する甲第八号証の許可は、総長限りの決済で門主は何ら関与していないのであるから、原判決のこの説示は全く根拠なく門主の判断があるということを前提としていて、理由不備である。

門主の宗務執行について、「浄土真宗本願寺派宗法」第九条で、「門主は宗務機関の申達によって宗務を行う。前項の宗務については、申請した宗務機関が、その責任を負う」と規定している。

従って、宗務機関は住職任命の申出につき、門主に申達する前にそれが右準則に合致しているかどうかを実質的に判断して、右準則に合致した結果を門主に申達する。門主の「住職任命」(宗法第四二条一項)というのは、宗派の「宗務を統裁」(宗法第六条)する立場から象徴的かつ形式的になされるものであり、門主への申達が準則に反しておれば、門主が「任命」したという一事で以って有効となるものではなく、原判決が宗務機関の申達が要件を満たしていたかどうかについて説示することがなく、被上告人の寺則で住職の任命権者は門主と明記されているからと言って、宗制・宗法以下の諸規範の適用すなわち「住職選任手続上の準則」が遵守されているかどうかにつき説示することなく門主の「判断を尊重すべき」というのは、著しい理由不備である。

6 以上に加えて、明山・桑原らの「権利放棄書」に関する報告や証言などが相矛盾して措信できないゆえんは次のとおりであり、前述する採証法則違背や理由不備の判断の前提となる。

(1) 明山証言は宗派の公式見解でないことは、上告人の昭和六三年六月二七日付準備書面八項2・4、一九九一年三月一一日付準備書面第一、1(1)?(10)のとおりであるからここに引用する。

(2) 桑原証言及び丙第一八号証(副申)については、上告人の一九九一年三月一一日付準備書面第一、2(1)?(9)のとおりであるからここに引用する。

二 責任役員および門徒総代の同意に関する判示について

1 この点についても原判決は、第一審判決の理由を無条件に引用しているので、上告人の一九九〇年一二月二八日付準備書面二・2(2)イ?チでの具体的な主張につき、何らの具体的説示もなく、丙第五号証の存在をもって「……責任役員あるいは門徒総代としての同意でないことは、本件全証拠によるも認めることができない。」(第一審判決一四丁目裏)というのは、判断の脱漏及び理由不備である(一九九二年一〇月二一日付準備書面二2でも判然と主張している。なお、そこで「乙第五号証」は「丙第五号証」の誤記である)。

2 原判決この点に関してさらに要旨次のとおり説示する。

(1) 「……芳麿が、昭和五九年三月二四日に開催された門徒総代会議で、控訴人夫婦を除く親族全員が推薦している旨を報告した後に、所定の責任役員および門徒総代の署名・押印のある住職任命同意書が作成されていることは明らかであるが、その間の期間の経過等に照らせば責任役員および門徒総代の同意が芳麿の右報告だけに依拠したものとはにわかに認めがたい……」(傍線は引用者)。

(2) 責任役員らの同意に瑕疵があることは「本件全証拠によっても認められないから、表意者以外の第三者が右同意の無効を主張することは許されない……」(傍線は引用者)。

3 右2(1)の傍線部分の説示は、上告人の一九九二年一〇月二一日付準備書面二2の主張に対する判断を示そうとしたものと考えられる。

しかし、この部分の判示の前提としては、芳麿の「作成する議事録」が芳麿の「作文」であり、後継住職を誰にするかを「岡崎家の親族会議」に委ねたのかどうか、現実に「親族会議」が開催されて後継住職を誰にするのか真剣に論議されたかどうかについて、判然とした根拠がないことを右2(2)の説示と相まって、原審判決自体が認めたものである。

そうだとすれば、「その間の期間の経過等に照らせば」という説示は極めて漠然としており、これは原判決が住職任命申請の要件の一つであると是認する責任役員および門徒総代の同意の瑕疵の有無に関わるものであるから、丙第五号証以外に明確な根拠を明らかにすべきであるが、それを明示できないのは理由不備というべきである。

なお、念のために附言すれば、これまで述べているとおり、丙第五号証は後継住職問題につき「岡崎家の親族会議」が正当に開催されているという前提の上になされたものであり、従って、「岡崎家の親族会議」が正当に開催されて参加者の自由な意思の表明がなされていない限り丙第五号証も瑕疵を帯びるのは当然である。しかし、第一審判決も原判決も「岡崎家の親族会議」が正当に開催されて正確に参加者の意思表明されたかは全く判示することなく上告人の主張を排斥しているが、それは理由不備である。

4 右2(2)の説示は、どのような理由付けなのか判然としないが、言っていることは瑕疵が「全証拠」によっても認められないから無効は主張できないということにとどまり、結局何の理由付ともなっていない。

原判決も責任役員や門徒総代の同意が住職任命の要件の一つであることは是認しているのであるから、後継住職の継承権者である上告人が、五男善麿の住職任命申請について責任役員らの同意が正当になされておらず瑕疵があると主張し、その申請自体の不法を争うことができるのは当然の事柄であり、上告人の瑕疵主張を排斥するのは理由不備がある。

上告人岡崎一麿の上告理由〈省略〉

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